江戸だけではなく、全国についていえたが、治安が驚くほどよかった。

　よく江戸は百万都市だったと言われるが、人口が百万人を超えていた。

　江戸の人口は時代によって増減があったが、天明六（一七八六）年の調査によると、武家と町人を合わせて百三十六万七千三百二十一人だった。両者を加えると、およそ五十六万人であるが、調査に洩れた者がかなりいたと思われる。

　江戸は武家が住む武家地と、町民が住む町地と、神社寺閣がある寺社地に分かれていた。町民は武家地に居住することが、できなかった。

　よく知られているように、南北二つの町奉行所が町民を治めていた。南北に奉行所があったから、行政的にいえば二つの市が存在していた。奉行は今日の市長に相当した。

　通称を南番所、北番所と呼ばれた奉行所には、合わせて三百三十二人の町方役人といわれた役人が働いていた。この数は江戸時代を通じて、変わらなかった。時代によって、三人の奉行がいた。

2人の奉行のもとに合わせて、今日だったら管理職に相当する与力が五十人いた。その下で、二百三十二人が働いていた。

そのうえ、涼奉行所の役人は月番制で、隔月交代して働いた。二つの奉行所にはいつも、半数の百六十六人しか詰めていなかった。

そこで、江戸の町民人口を七十五万人として、百六十六人の役人で足りたのだから、常時、町人四千六百人に当たり一人の役人がいたことになる。この他に、地方から商家に働きに来た人々や、出稼ぎや、訴訟などのために滞留していた者が多くいた。

三百三十二人の役人のうち、六十四人が司法と警察業務を担当していた。警察官に当たる奉行所付同心定廻りは、江戸時代を通じて両奉行所を合わせて、十二人しかいなかった。

定廻りは町方同心とも、町同心とも呼ばれたが、「八丁堀の旦那」として知られた。それぞれが自分の収入のなかから、五人あまりの目明しというと、岡引きを抱えて、私的に使用した。目明しは御用聞とも呼ばれたが、同心の手先として、裏世界を内偵する耳や目の役割を果たした。

もっとも、岡引きという呼び名は、庶民がつけた蔑称だった。幕許の花街であった吉原に対して、私娼地である岡場所で情報を蒐めたことからきている。テレビのドラマで「おいらは岡引きの」と名乗る場面があるが、違っている。「お上御用聞きの」と名乗った。

さらに岡引きがそれぞれの自前で、五人あまりの助手に当たる下匹を雇っていた。岡引きも、下匹も、正規の捕吏ではない。

同心も隔月で勤務したから、岡引きと下匹きを加えても、百五十人に充たない警官によって、七十万人以上の治安を維持していたのだった。

これは、町民が高い自治能力をもち、公聴心がきわめて強かったことを物語っている。

もちろん、単純に比較することはできないが、東京都の人口が一千二百七十六万人（平成十九年）であるのに対して、公務員は警察官や、教育公務員を除くと、

十七万二千人にのぼる。警察庁は四万六千人を擁している。公務員から教育公務員を除いて、警察官を加えると、都民五十九人ごとに一人の役人がいることになる。

　今日の東京都には都民二百九十人ごとに、警察官が一人いる。ところが、江戸では町民四千七百人ごとに、一人で足りていた。江戸時代の日本人は、じつに道徳性が高かったのだった。

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