中国でも、朝鮮でも、支配階級は貧窮する民衆をよそにして、贅に耽った。それに対して、日本では武家階級は質素を旨とした。

　福沢諭吉の父は、我が子が商人の気風に染まることを嫌った。計算づくで生きる商人を、蔑んだ。亡父について、『福翁自伝』のなかで、つぎのように回答している。

　「私は勿論幼少だから手習いどころの話ではないが、もう十歳ばかりになる兄と七、八歳になる姉などが手習いをするには、倉屋敷の中に手習いの師匠があって、其家には町屋の子供も来る。そこでイロハニホヘトを教えるのは宜しいが、大阪のことだから九々の声を教える。二二が四、二三が六。これは当然の話であるが、このことを父が聞いて『怪しからぬことを教える。幼少の子供に勘定のことを知らせるというのはもっての外だ。こういう所に子供は遣って置かれぬ。さっそく取り返せ』と言って取り返したことがある。」

　朝鮮も、中国も苛酷な社会だった。中国人も朝鮮人も為政者を恐れた。朝鮮語には「火災」や、「水災」と並んで「官災」という、日本語に存在しない言葉がある。

　私は韓国を一九七〇年代に訪れた時に、韓国の友人に占いや、疫除いを行う巫一に祈禱所に案内してもらって、「官災除け」の呪符（お札）を買ったことがある。巫一は巫女だが、踊るうちに神霊が乗り移る。呪符を玄関の内側の壁の上か、窓の上に貼っておくと、役人に苛められないということだった。

　朝鮮では「官禍」と「清禍」という。日本では役人を疫病のように、恐れることがなかった。日本語の日常の語彙のなかに、清吏も、清官もない。

徳の国富論　資源小国　日本の力　6章　「指導者」や「独裁者」がなかった日本語