歴代の天皇は、京都御所に住まわれた。御所は誰でも望めば、容易に越せる浅い溝によって、囲まれている。中国、朝鮮、インド、ヨーロッパでも、皇帝や王は贅を尽くした日常を送ったが、天皇は質素な生活を営まれた。

　私は高松宮宣仁親王殿下に戦前、戦時中、占領下時代のお話を伺うために、しばしばお時間を戴いて、御殿に同興した。ある時、殿下が敗戦後にイギリス王室から日英の王皇室が所有する「宝物を交換して展示したい」という申し入れがあったといわれた。

　「ところが、わがほうは残念ながら何もないからね。丁寧に辞退したよ。」と仰言って、笑った。喜久子妃殿下が同席されていた。妃殿下は徳川最後の将軍徳川慶喜公の孫に当たられたが、「わたくしが皇室に嫁いだ時に驚いたのは、何も財宝がなかったことでした」といわれた。妃殿下は茶目っ気がおありだったが、「正倉院の御物ぐらいでしょうが、がらくたのようなものね」と、つけ加えられた。徳川家に財宝があったから、そう感じられたのだったろう。

　妃殿下は幼い時に、祖父の慶喜公の膝に抱かれたことを、覚えているといわれた。日本では皇室だけが、質実だったのではない。

　幕末にアメリカ初代領事だったタウンゼント・ハリスは、将軍家茂に江戸城で謁見したが、大君（将軍）の衣服は絹布でできており、それに少しだけ金刺繡がほどこしてあった。だが、想像されるような王者らしい豪華とは、ほど遠かった。宝石も黄金の装飾もなく、ダイヤモンドを散りばめた刀もなかった。「私の服装のほうが、はるかに高価だった」と記している。ハリスは金モールによって飾られた大礼服を着用していた。日本人が光ったものは野暮だという美意識をいただいていたことを、知らなかったのだろう。

　慶喜公といえば、水戸藩主の徳川斉昭の子として生まれ、分家の一橋家を嗣いだが、幼少から食事といえば一汁一菜だった。鶏肉か、魚が月に三日ついた。布服や、蒲団は木綿か、麻で、絹は使われなかった。

　美食や贅沢は、町民が行うものだった。武士は生活の規範として、質素であることを求められた。もっとも、庶民も日常の食事は一汁一菜だった。

　もちろん、武士のなかにも華美の風俗に染まるものもあったが、庶民も含めて質実であることが、社会の規範となっていた。

徳の国富論　資源小国　日本の力　7章　神事と歌を継ぐ天皇