私は国際政治を専門としてきた。そのために、海外に出ることが多い。

　そこで外国を知るほど、日本文化が諸外国と較べて、いったいどのように独特なものであるのか、強い関心をいだいてきた。

　日本は十九世紀の後半にアジア・アフリカの諸民族のなかで、ただ一国、明治維新を行ことによって、見事に近代化を成し遂げた。白人が覇権を握っていた世界で、たちまちうちに一流国の仲間入りを果たした。

　それはいうまでもなく、先人たちが蓄えてきた力によったものだった。

　今日でも、日本は世界主要八か国（G8）サミットの中で、白人でも、キリスト教国でもない、たった一つの国である。あとの諸国は、みな白人・キリスト教の国である。

　今日でも、日本は天然資源を欠いた国である。それなのにもかかわらず、日本はアジアの他の民にはない、大きな力を持っていた。

　いったい、その力は何なのだろうか。日本に明治の開国後に世界に目を見張らせる興隆をもたらした力は、どこから発したのだったろうか。

　この力は江戸時代に、蓄えられたはずである。このちからこそ資源が無い日本にとって、国の富となってきた。

　日本は先の大戦で、大きな挫折を味わった。

　だが、廃墟の中からたちまちうちに立ちあがって、世界第二位の経済大国の地位を獲得した。明治以降の日本の発展をもたらした同じ力が、働いたのだった。

　この活力を失った時に、日本は明日を呼び寄せる力を失うっことになろう。

　いま、日本国民は前途について、閉鎖感にとらわれている。青少年のありかたが国の活力を示すが、自己中心になって、国民の一人として未来を担おうとする自覚を失っている。社会の基本的な共同体である家庭が崩壊しつつある。

　政府や、企業による不祥事が、あいついで起こっている。日本は勢いを削がれて、力が萎えてしまったようにみえる。どうしたら、私たちは明日を切り拓く力を、再び手にすることができるだろうか。

　明治以降、日本の富であってきた力は、何だったのか、考えたい。

　勤勉さだろうか。勤勉を尺度とすれば、日本だけのものではない。中国の農民は今日でも暗いうちに畑へ出て、辛い農仕事に取り組んでいる。中国人は勤勉さでは、誰にも負けない。

　中国は紀元前十五世紀ごろから、メソポタミア、エジプト、インダス諸文明と並ぶ、世界文明の源流を築いた。火薬、暦、羅針盤、時計をはじめとしてさまざまなものを生み出して、学術から、文芸、工芸まで、才覚に溢れていることを示してきた。

　では、教育だろうか。中国と朝鮮では立身出世を示す者が、科学試験をめぐって激しく競い合った。人材を官に登用する試験だが、清朝末期まで千三百年以上にわたって、全国を受験地獄に陥れた。科拳は予備試験から中央の試験まで、十数の関門が設けられていた。

　どうして、日本が十九世紀後半に大きく飛躍することができたのか。その答は、江戸時代にある。江戸時代の日本は、中国や朝鮮だけではなく、同じ時代の諸外国とまったく異なっていた。

徳の国富論　資源の小国　第一章　徳こそ日本の力