トップページ ≫ 外交評論家 加瀬英明 論集 ≫ なぜアメリカは、変化と新奇さと速度を求めるのか
外交評論家 加瀬英明 論集
アメリカの歴史が、「マニフェスト・デスティニー」を合言葉として、動かされてきたことは、有名である。
「マニフェスト・デスティニー」は、日本では、これまで「明白な運命」とか、「膨張の天命」と訳されてきた。アメリカ人にとって、「神が与え給うた明白な運命」だった。
アメリカ国民は、アメリカの領土拡張が、神の意志によるものだと、信じてきた。まさに、天命である。
アメリカ国民は「マニフェスト・デスティニー」という魔法の言葉によって、駆り立てられて、国土をつぎつぎと太平洋岸まで、拡げていった。
アメリカでは、ヨーロッパから流入する移民が急増して、人口が急速に増え続けた。1790年に、はじめて人口調査が行なわれたが、人口がその後の25年間で、倍増した。
独立当時の13州に、バーモント(1791年)、ケンタッキー(1792年)、テネシー(1796年)、オハイオ(1803年)、ルイジアナ(1812年)が州として、インディアナ(1809年)、イリノイ(1809年)、ミシシッピ(1798年)、ミシガン(1805年)、ミズーリ(1812年)が、準州として加わった。人口とともに、アメリカの国土が急速に拡がっていった。
1840年代に、多くのアメリカ人がメキシコ領だったテキサスに入り込んで、不法に占拠したのに対して、メキシコが憤ると、1846年にアメリカ・メキシコ戦争を起こして、今日のテキサスから、カリフォルニア、ユタ、ネバダ、アリゾナ、ニューメキシコ、コロラドまでを、奪い取った。
この年に、アメリカと戦うことを恐れたイギリスを威嚇して、交渉によってオレゴンを獲得した。
アメリカでは最初の移民が、東海岸に入植して以来、新しい土地を間断なく占拠するか、奪うことによって、国土を拡げていった。
そのたびに、新しい富がもたらされた。それにつれて生活が向上してゆき、アメリカ社会のありかたが、変わっていった。
そのために、アメリカ人は、つねに変化を求めて、変化に憧れるようになった。
アメリカはつぎつぎと、間断なくもたらされた変化によって、富んでいった。今日でも、世界のなかで、アメリカ人ほど変化を好む国民はいない。
ことさらに、新奇なものを好む。新大陸では、いつも、工夫しなければならなかった。新しいものを求める性癖が、イノベーションを生む、旺盛なエネルギーとなってきた。
アメリカ社会は世界のなかで、もっとも流動性が高い。誰もが一ヵ所に、留まることがない。アメリカ人が同じ職場に、長く勤めることをせずに、少しでも条件がよい職場を求めて、頻繁に転職するのも、このためである。
新世界では、旧大陸のように家族や、代大にわたる上下関係、慣習や、地縁による、しがらみがなかったから、人に対する忠誠心が、培われることがなかった。
せわしく新天地を求める。頻繁に転居する。アメリカは転職率とともに、転居率がもっとも高い国となっている。
これは、際立ったアメリカの国民性となってきた。休みなく変化を求めるから、落ち着かない。
2008年の大統領選挙で、オバマ候補が「ホープ」「チェンジ!」「イエス・ウイ・キャン!」と、三つの呪文を掲げて当選したのも、このようなアメリカ人の独特な心理に、訴えたものだった。
アメリカ人ほど、新奇なものを好む国民はいない。
古い殻に閉じこもることがないから、過去にとらわれることなく、つねによりよい未来に、眼を向けている。なぜか、未来は無条件に、よいものとなっている。
そして、何よりも、速度を尊んでいる。落ち着かない社会だ。アメリカは進取の精神によって、取り憑かれている。
アメリカ型のハイテク社会には、現在という頼りない時間しかない。そんな社会は軽薄で、いつも漂っているように感じられるが、いまという時間だけしか大切にしない。過去が厚みを、欠いているからだろう。
なにごとについても、速度が尊ばれる。アメリカ人は、落ち着かない。現在すら、その瞬間ごとに、捨てられていく。
なぜか、過去よりも、不確かな未来のほうが重んじられている。過去は軽んじられるだけでなく、進歩を妨げるとみなされている。
先進国では、人々が豊かになりすぎたために、かつてのように、歴史、宗教や、さまざまな習慣や、時代を超えて受け継いできた文化の形によって、縛られないようになっている。
古い事物を大切にする者にとっては、おぞましいことだが、世界が舵も、錨も失った船のような、脱伝統文化時代に入ったと、いわれている。
まるで、アメリカが世界のモデルとなっているようだ。
記憶は、コンピューターのメモリーのように、いつでも指先一つで、取り出すことができる。頭や、心のなかに、宿っているものではない。
やがて、記憶のありかたが変わるのとともに、根っこを失った世界が、出現することになるのだろうか。
アメリカはいつまで超大国でいられるか 第3章お節介で不思議な国・アメリカ
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