社会
特に埼玉県、さいたま市の政治、経済などはじめ社会全般の出来事を迅速かつ分かりやすく提供。
政治家のセクハラ、介護士の虐待、大学教授の試験問題漏えい、さらにトドメは埼玉県警の巡査部長の殺人、耳を疑うようなニュースがあとを絶たない。
すべては何が要因なのか。
「やってはいけない」という簡単なルールが守れない事である。
それは自己の過剰な防衛、過剰な欲をおさえられないなどの誤った人格形成からきているのではないか。
本来、政治家や大学教授とは、上に立つものとして、尊敬に値されるものであるはずだ。
有権者に託され、国やまちを支える、学ぶものに教えていく、だからこそ「先生」と呼ばれるものである。その教えるものを尊敬できなければ、発する言葉も単なるの戯言にしか過ぎない。
では、警察官はどうか。犯罪を取り締まるはずものが自ら犯罪を犯す。
これこそあってはならない行為である。政治家や大学教授よりもその罪は重い。
少し話はそれるが、今日タクシーに乗った際、取り締まりの警察官をみて運転手さんがこんなことを語っていた。「ここに立っていると向こうからは全くみえないんだよ。本来、取り締まりとは事故の抑止力にならなくてはいけないのにノルマもあるし、ボーナス査定に繋がるらしいよ」と。
私ごとではあるがつい先日、運転時に画面を注視したと違反キップを切られた。
電話やメールはだめだが、メール音で携帯を一瞬みただけで違反と思わなかった私はその事を告げたが、だめなものはだめと上から目線でまくしたてられた。
タクシーの運転手さんの話が事実かどうかは定かではないが、そのときの警察官の傲慢な態度に納得してしまった。勿論、知らなかったとはいえ、私が悪くないとは言わないが・・・。
話を元に戻そう。私が言いたいことは、「どんな気持ちを持ってこの職業に就いたのか」ということだ。
国をよくしたい、ひとの手助けをしたい、多くのひとに学んでもらいたい、犯罪をなくしたい。そういった気持ちがあったからこそ、それぞれがその道を選んで歩んだはずである。逆にその気持ちがないものは、その職業に就けないような厳しい試験があってもいいほどだ。
もう一度言おう。あなたは何を目指して、この職業に就いたのですか。
目的もないまま、自分の欲のために就いたとしたら今すぐ辞めるべきである。
そして、冒頭の警察官。その処分内容は明かされていないが、過去に二回の処分を受けながら、警察官という職を失われないという現実は組織にも責任がある。だからこそ、組織や使う側、社会全体がその人格を強く取り締まり、決して見逃してはならない。
古城 智美
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