トップページ ≫ コラム ≫ 埼玉の余話 ≫ 埼玉の余話 2011.8.22
コラム …埼玉の余話
・人間の寿命ほどわからぬものはない。たとえば、ガンの末期で余命1年といわれたさいたま市のB氏は、告知以来20年たっても元気そのものだ。もちろん、B氏の気合は半端なものではなく、その気力が告知なぞという人間の技を吹き飛ばしてしまったのかもしれない。こういう例はかなりあって、「バターン死の行進」に九死に一生を得た元米兵は、死の行進の後、マラリヤやデング熱等重病にあい、50歳までの余命と宣言されたにもかかわらず、生き延びて105歳の人生を全うした。人は妖なり、人間は不可解なりをよく解釈して生き貫くことは大事なことだと知らされる。