社会
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7月から作家の林真理子さんが日本大学の理事長になる。伏魔殿のようだった理事会に乗り込むことで世の注目を集めているが、「週刊文春」の連載コラム以外はろくに読んでいなかった私は、この機会にと彼女の作品を何冊か読んでみた。
まずは自伝に人生指南をからませた『野心のすすめ』(2013年刊 講談社現代新書)。前書きで「いま、『低め安定』の人々がいくらなんでも多すぎるのではないでしょうか」と切り出し、自分の体験から説き起こしていく。
山梨県の高校から日本大学芸術学部に進むが、就職試験では屈辱を味わう。何の資格も持たず、大学の成績も悪く、外見のかわいらしさがなかったことで、不採用通知は40通を超えた。卒業後は地味なアルバイトで食いつなぐ。そんなある日、同じアパートに住む女の子が広告文を作るのが仕事だと知って興味を抱き、コピーライター養成講座に通い始める。
ここで生まれて初めて必死で頑張り、提出した課題作品では常にトップクラスだった。講座を終了し、渋谷にある広告制作会社に就職できた。しかし、ここでの体験は最悪だった。書いたコピーはすぐに突き返され、ミスも重なり、退社後の遊びでは仲間外れにされた。そこを辞め、ゆるい会社に移り、また一念発起して糸井重里さんのコピー塾に通い始めたことで、運命は大きく転換していく。
ここら辺までは林さんの経験に私自身の記憶が重なるところがあった。彼女が最初に入った養成講座に私もその10年ほど前に通っていたからだ。修了間近の頃、大手製薬会社宣伝部のコピーライター採用試験に応募した。この仕事が若者に注目され始めた時期で、応募者も多かった。幅広い常識を問う筆記試験を通過し、面接試験では会社側の責任者とおぼしき人から「筆記試験はトップでした。課題は実務経験ですね」と告げられた。面接試験に進んだ他の人たちは広告代理店などでの経験者ばかりだという。その言葉からは経験不足をカバーする能力を示してくれとの意図が感じられた。
医家向け薬品中心で大衆薬は少ない会社だったが、もし林さんだったら、同社商品の広告文案をいくつも用意してアピールしていただろう。面接試験に臨んで、それなりの準備を怠った私は、それだけで宣伝マン失格だったのかもしれない。
林さんは糸井塾では目立つ服装をし、課題作品もあえて人とは違う路線を狙って糸井さんに認めてもらい、売れっ子のクリエイティブ・ディレクター、秋山道男さんに紹介され、その事務所で働き始める。ここで知り合った主婦の友社の編集者が、広告業界誌に書いている彼女の文章に着目し、「今までにない女性の本音をエッセイにして、一冊作りましょう」と提案すると、「有名になりたい」という野心で書き上げたのが『ルンルンを買っておうちに帰ろう』で、1982年11月に発売されるとベストセラーになった。その後、エッセイだけでなく、小説も発表し、次々にヒットさせた。
彼女の小説の主人公の女性に共通するのは強い上昇志向で、本音と欲望に忠実に生きている。就職試験に全て失敗し、卒業後に何とか入社した会社でもイビられた苦難から這い上がったのがその原点になっているようだ。何冊か読んでいくと、そんな人間描写に辟易もするが、林ファンの女性たちには、これがないと物足りないのかもしれない。
その背景には格差社会の現実があるはずだが、林さんはそれを問題視するスタンスはとらない。政治や社会のシステムに関してもあえて言及しない。昨年末に刊行された『李王家の縁談』(文藝春秋刊)は旧皇族の梨本宮伊都子が野心満々に娘の縁談を進めていく物語だが、特権階級の女性の問題発言に対しても肯定的だとの批判が出ている。
林さんのエッセイからも政治権力者たちと近しいことがうかがえる。だからこそ四面楚歌の日本大学が彼女を理事長にしたのだと考えるのが自然かもしれない。
山田洋
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