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コラム …男の珈琲タイム
時が過ぎた。昭和25年頃の日本は敗戦後5年ぐらいしか経っていなかったから、貧しさは極みに達していた。例えば、弁当にしても白米もなかったし、おかずは梅干しに何か一品つけたら上等の方だった。さつまいもたったの一本という同級生もかなりいた。その頃、役場の小使いさんをしていた息子は役場の職員達の残したおかずを寄せあつめて持ってきて、一番豪華だった。朝鮮人だった同級生は見栄をはった。油揚げ半分を4切れ位に切り、薄いトンカツだと言い張っていた。
(つづく)
(鹿島 修太)