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コラム …埼玉の余話
所沢市長選は現職が鮮やかに散った。嫌な戦いだった。敗れるなら批判をまともにうけて、まいったと去るがいい。やはり、現職のたるみ、油断が選挙戦に限らず、現職中に随所みられた。角川グループの所沢進出も、やはり現職のおごりに火をつけた。市長とか県議とかいわゆる地方の帝王たちには、民意を見誤るのが常だ。戸田前市長の神保先生は別格だった。だからこそ5期を全うした。現職中、小僧の心をしっかりと持ちながら、市民と共に歩んだ。要するにこの人は40年も前の県議の時代から人間学を学んでいた。帝王は帝王学を身につけなければいけない。帝王と小僧の心はしっかりと結びついているのは、古今東西の真理だ。少し違うが、渋沢栄一翁の「論語と算盤」も、同じようなことをついていることは事実だ。
鹿島修太
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