「いない　いない…」

両手で顔を隠すと赤ちゃんは

手を伸ばして激しく抗議する

「ばあっ」と開くと赤ちゃんは大満足

声を出して笑う

それはたまたま母となった人の顔である

縁あって傍にいた人の顔である

人の世には万年の遺跡があり一日の野の百合もある

その花の前に佇み「この花を見よ」と言った方がいる

短い時間だが時を忘れるものがある

虹やオーロラ、葉陰の赤い実、ある日ある時の人の心である

生まれてすぐ旅立つ者もいる

人の世の途中で旅立つ者もいる

赤ちゃんはみな知っている

いま此処にあるのが嬉しくてたまらない

ルルドの泉から帰還した人は

痛くない、見える、聞こえる、歩けるのが感謝

栄養チューブで生きてきた人は一切れの羊羹で涙する

失われたもの、限られた時のものと出逢う喜び

「いない　いない　ばぁ」

振り向くと雲間から月が私に声を掛けた

山上村人