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コラム …男の珈琲タイム
現役最年長Jリーガー三浦知良、45歳。11月1日から開催のフットサルワールドカップに日本代表選手として出場した。日本のサッカー界でも、彼ほど長い間、たゆまぬ努力とさまざまなチャレンジを試みた選手はいないだろう。
1982年12月、静岡学園高校を1年足らずで退学、15歳にしてブラジルにサッカー留学。当時は体も小さく、あまり期待されていなかったが、1986年に名門サントスFCとプロ契約、日本人で初めてブラジルのプロ選手になった。その年、里帰りしたカズこと三浦選手に会った。彼のサッカー留学を本にすることになり、著者の大貫哲義氏とカメラマンに同行し、静岡市に出向いた。
このとき19歳だったカズはまだ顔にあどけなさが残り、ブラジルの猛者たちとしのぎを削っている姿は想像しにくかった。私はサッカー知識に自信がなく、取材は著者に任せきりにしていたが、昼食のうなぎを食べながらカズと雑談をかわした。リオのカーニバルの話も出たが、彼はつまらないと言った後、「美空ひばりはいいですね。最高ですよ」と強調した。
目の前の明るい若者が口にした大物女性歌手の名は意外だったが、日本から遠く離れた国にひとりでいると、現地的なものより日本的なものに惹かれるのだろうと思った。そして美空ひばりの初期の歌には望郷の念とか離れ離れになった肉親への思慕が込められたものが多い。カズが日本に帰ってからはこのような嗜好を言ったことがないのも頷ける。
このエピソードは本には収録されなかった。中学・高校生向けの本だったので、著者があえて外したのか、食事中でメモを取っていなかったのかは知らない。
翌年に本は発売されたが、カズが日本で大活躍する数年前だったため、なかなか増刷にはいたらなかった。私も部署を異動してしまい、フォローできなかった。彼が1990年に日本に戻り、トップスターへの道を走り始めるや、本の増刷も決定。後任者がその旨をカズの所属事務所に連絡すると、別の本が間もなく発売され、それと競合するとまずいので増刷しないでほしいとの返事だった。増刷時にあの一言を付け加えるという私の希望も叶わなかった。
(山田 洋)