社会
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いまから3年前の2010年、大平正芳生誕100周年を記念して「茜色の空」という伝記小説が出版された。作者は辻井喬、つまり西武セゾングループ代表であった堤清二である。一般的には「アーウー宰相」「鈍牛」といわれた大平正芳だが、小説に描かれている姿は、政敵に足を引っ張られながらも安易な大衆迎合をせずに理念を追求するそれであり、読後すがすがしい気分になった。
「政治はアートであり。サイエンスにあらず」と言ったのは明治の外務大臣、陸奥宗光だ。これは政策を実現するには実学に基づいた人身掌握が必要で、机上の空論ではないという意味のようである。だが一般的に「アート」には表現したい動機があり、そしてそれを表現するスキルの2つが必要である。しかし、このことわざには後者しか含まれていないのではないだろうか。スキルだけではアーティストではなく技術者になる。政治における技術者とは実現したい政策にこだわらず、政策を実現させることに長けた人たちのことだ。すなわち経世会全盛時代がまさにその時代であろう。残念ながら民主党政権の3年3ヶ月は、その技術者すらいなかった。
大平内閣の時に設置された政策研究グループは9つあった。「文化の時代」「田園都市構想」「総合安全保障」「対外経済政策」「家庭基盤の充実」「環太平洋連帯研究」などがそれである。四十日抗争からハプニング解散へと続く自民党の党内抗争により大平首相が急逝し、この政策研究グループが途半ばになってしまったのが残念であったが、これほど目指す社会の姿を打ち出した内閣はその後ない。この研究テーマの背景にある動機は何であったか。平和戦略に加えて、高度経済長社会から成熟社会への変化の中、国民の幸福を目指すという動機ではなかったかと筆者は考える。
小説の中ではヨーロッパにある民間シンクタンクである「ローマ・クラブ」が発表した「成長の限界」という報告書が背景にあると書かれている。「成長の限界」では現在のままで人口増加や環境破壊が続けば、資源の枯渇や環境の悪化によって100年以内に人類の成長は限界に達すると警鐘を鳴らしており、破局を回避するためには従来の経済のあり方を見直し、世界的な均衡を目指す必要があると論じている。
消費の世界で成熟社会の到来をいち早く見通していたのが、まさに西武セゾングループ堤清二であった。パルコや無印良品といった斬新な形態を生み出していった。特に無印良品はプライベートブランドからスタートして日本の代表的なブランドにまで成長している。そのような先見性が辻井喬(堤清二)をして、大平正芳を描かせたのかもしれない。
30年から50年というスパンで日本を見通していた政治家が大平正芳であったことは間違いない。一方、これから30年後の日本はすべての規模が縮小していく時代を否応無く迎える。その時代に到達したい社会像、そして国家戦略を掲げる政治家の出現を望みたい。
(五嶋 直樹)
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