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コラム …男の珈琲タイム
市民派という言葉には昔から違和感があった。何か責任逃れで、自分だけいい子ぶっている感がしてならないからかもしれない。と同時にどうも左がかっているなという響きが離れずに私の耳元にある。しかし、右とか左って何なのだろうかという疑問も私からやはり離れないのだ。
昔、「右へいくほど馬鹿じゃない、左へいくほど青くない」という“夢は夜開く”の替え歌があって、よく口ずさんだ。歴史的にはフランス革命後、中央にむかって右側にならんだのが右翼だそうだが、政治的には保守政治を信奉する側が右で、社会主義・共産主義を信奉する側を左と呼ぶのが通例とは知っているが、どうも右というと右翼的に観られるのがシャクだ。だから右にいくほど~と歌われてしまうのかもしれない。
結論的には保守主義は人間の常識を大事にし、巾も限りなく広い。その巾の中で右や左に寄るのは確かだ。最近、親しい友人が、「ぼくは右からの市民派をめざす」といって数々の優れた文章をメディアに寄稿しているが、うまい表現だと思っている。しかし、何事も極端はいただけない。中道とはよくいったものだ。
そういえば私のゴルフ。ドライバーもさして飛ばず、フェアウェイの真ん中に球がころがっていく。人呼んで、「中道ゴルファー」。我ながら満足している。
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