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教育クリエイター 秋田洋和論集
どこが変わるのか
冬休みが目前に迫り、受験生にとっては勝負の冬が到来した。そんな中、2010年度から大きく改革される埼玉県の公立高校入試制度をめぐって、生徒や保護者の間にも戸惑いが広がっているようだ。「直前になって何を今さら」とも思うが、実際に戸惑いの声をよく聞く。
大きな改正ポイントを見てみよう。
①入試日程を、前期2週間程度、後期1週間程度遅らせることで、中3・3学期の授業を今よりも有効に使える。
②前期募集定員が定員に占める割合が8割程度に増える。
③選抜方式が前後期とも調査書、学力検査、実技・面接等の相関評価方式から、加算方式に変更。従来は調査書、学力検査、実技・面接全てが各校が決めた得点以上でないと合格にならなかったが、新方式では合計点で決める。前後期にはそれぞれ第1次・第2次選抜があり、学力検査と調査書の配点が第1次選抜では4:6~6:4の範囲、第2次選抜では3:7~7:3の範囲内に収まるよう、各校が配点を決める。
④従来の前期試験では、学力検査なし面接・内申書のみという選考方法だったが、前後期共に全員が学力検査を受ける。満点も従来の一教科40点満点から100点満点に変更する。受験科目は前期5教科、後期3教科となる。
⑤従来、全校で実施していた面接は、各校の選択実施に変更。
⑥調査書については、従来「学習の記録」の9教科合計点を各校の配点に基づき点数化していたが、新方式では「学習の記録」にプラスして「特別活動の記録」、「その他の項目」などをも得点化する。各校がその基準を明確に公開している。
学力試験重視という趣旨が、広く伝わっているか
従来面接と調査書のみで合格した生徒の学習意欲低下や、ゆとり教育下では通知表自体が絶対評価によって成績評価の甘さにもつながっているという課題を解消すべく、全員に学力試験を課すことで県全体の学力レベルを引き上げようというところに制度改革のポイントがあるものと考えられる。
ところが、この制度がスタートすると、⑥の調査書で「学習の記録」以外に付加されて評価の対象になる部分に注目が集まり、中学校や保護者、生徒の間には大きな混乱が見られたようだ。
さいたま市に在住し中学3年生の子どもを持つAさんは「生徒会長や生徒会役員選挙に、通常なら数名程度なのに、いきなり大挙して立候補者が現れたのには驚きました」と語る。
それには理由がある。例えば、大宮高校の調査書の扱いの詳細には「学級活動,生徒会活動への参加を評価する。また,以下の区分により得点をさらに加算する。生徒会長・学級委員(2期以上)など」とあり、浦和高校では「生徒会長を評価し、得点を与える」という。
当然のことだが、生徒会長や役員の経験が評価されるのはあくまでも結果であって、目的ではない。「受験時の点数を上げるために生徒会長になりました」という生徒を人間的に評価できるだろうか。
また、部活動や資格取得(英検・数検・漢検など)、ボランティアなども点数化される。部活動では参加自体を評価すると明記している学校もあるが、浦和高校のように全国大会・県大会での高順位・出場を評価すると謳っている学校も見られる。
こうしたことから、「特に目立った部活成績もなく生徒会活動もせず、中2までの成績も際立ったものでない生徒が、中3になってから頑張っても遅いのでは?という空気感が流れていました」と前出の保護者Aさんは語る。
中学校の現場でも新入試方式に対する混乱があったのだろう。本来の学力試験重視という制度改革の意味が、うまく伝わり切れていない面は否定できない。
誤解を解くためか高校説明会では「“うちは学力試験重視です”とあえて明言する学校が目立ちました」という。
浦和高校などでは、部活動にあえて高い基準を記すことで、結果的に誰もが同じラインから学力試験を受けられるというのが真意ではないかと、Aさんは推測している。
もう1点分かりづらいのが、③で記した前後期募集それぞれに第1次選抜・第2次選抜が行われる点だ。例えば、浦和高校の前期募集の第1次選抜は学力試験500+調査書334点=834点で前期募集人員のうち60%の合格者を出し、第二次選抜として学力試験500点+調査書215点=715点で残り40%の合格者を決める。
要するに、前後期あわせて全部で4通りの選抜方法が成立しているというわけで、複雑怪奇にして非常に分かりづらい。Aさんは「実験台にされているのかもしれません」と嘆く。
入試制度はもっと明解に
高校入試といえば、かつては運動に優れた生徒などの推薦入学を除けば、基本的には一発勝負だった。さまざまな角度から生徒の学力や個性を評価しようという趣旨は分かるが、いかにも分かりづらい。これだけ選抜法方法をややこしくする意味が、いまひとつ明確でない。パンフレットやホームページを普通に読んだだけでは何がポイントなのか理解できない。何よりも、子どもたちや教師など教育現場に伝わりきれていないようだ。
そういう状態であるから、「学習の記録」以外のさまざまな要素が明確に点数化されることで、子どもたちは5教科以外のすべての学校生活により真剣に取り組むというメリットも考えられるが、むしろ行き過ぎた管理教育の道具と成り果てるリスクも捨てきれない。全てを点数化することによる学校恐怖政治の始まり(笑)。
AO入試の導入もあって下流化が進む大学を尻目に、県の学力試験重視という趣旨は正しい選択だと考えられる。しかし、何度も言うが制度が複雑すぎる。学力試験重視という本音の部分を、さまざまな装飾品を飾り付けて見えづらくしているように感じられるのだ。なぜだろう。ストレートに打ち出せばいいのに。
社会人になれば、商談だろうがプレゼンだろうが、一発勝負の積み重ねが基本である。やや厳しいし短絡的に過ぎる結論ではあるし全国的な流れにも反するかもしれないが、それでも限りなく一発勝負基本が、結局子どもたちにとっても最も筋の通った公平・公正・明解な入試だと考える。まずは、初年度の結果を待ちたい。