トップページ ≫ コラム ≫ 埼玉の余話 ≫ 埼玉の余話2014.4.24
コラム …埼玉の余話
首長について。一期でもダメ印を押されてしまう人もけっこういる。また、二期、三期になると鼻につくいや味な男に朽ちていくものもいる。威丈高、不遜、非礼等々。長くこの椅子にすわっているとつい人間がダメになっていくのも残念ながら世の常のようだ。誰も嫌われたくないから、忠告をしなくなって、表と裏のことなる人間ばかりがこの椅子のかきねをつくる。かきねはそもそも偽りの防風林だからかこまれている人間はかなり居心地がよくなって堕落していくのだ。しかし、なかには常に修練をおこたらず帝王学を実践で身につけ、人々の模範たるリーダーになる人もいる。まれではあるが。だからこそ、今回の久喜市長選にみられたようないたずらな多選批判は裏目にでてしまう。少しきつい言い方をすれば、多選批判を旗印にする御仁が多選に関係なく、リーダーに不適格な人だとしたらこれは喜劇であり悲劇だ。民主党が我々に良き教訓を与えてくれたではないか。
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