トップページ ≫ 教育クリエイター 秋田洋和論集 ≫ 埼玉県の高校入試は複雑です(1)私立高校入試編
教育クリエイター 秋田洋和論集
○埼玉の私立高校は「前期入試(1/22~)」がメイン
埼玉県の私立高校では、多くの高校が前期入試(1/22~)で定員のほとんどを確保してしまいます(前期と後期の割合が9:1を超える高校もあります)。この時期には単願(かつての推薦入試と同じ:合格したら入学する)と併願(高校側が「うちを保険として使ってください」という主旨のもの:B推薦とも呼ぶ)の両方の選抜を行うのが主流で、かつて「推薦入試」と呼ばれていた頃のシステムをそのまま利用しています。
そのためこの時期の受験には、多くの高校において「学校長推薦(単願が多い)」もしくは「自己推薦(単願・併願)」を必要とします。「自己推薦」とは、他人ではなく「本人(あるいは家族)」が自分自身を推薦するものです。学校ごとに推薦基準が公表されていますので、仮に基準に到達していなかったとしても、推薦書を自分自身で書いて出願すれば、前期入試を受験することは可能です。ただし、その合格率は当然ながら基準に達している人といない人とで大きく異なることはいうまでもありません。
○自己推薦に欠かせない「個別相談会」
学校長推薦をもらえるかどうかの基準は、もちろん学校が把握する調査書の成績(通知表など)になります。それに対して自己推薦の基準は「調査書」あるいは「模試の成績」です。
現在30代・40代で、中学生時代埼玉に居住されておられた方々は、当時中学校で「北辰テスト」を定期的に受験されていたことでしょう。当時は12月になると「事前相談」として中学校の先生方が手分けして高校を訪問し、その高校を受験する中学生の調査書の成績と北辰テストのデータを提示して合格可能性について確認しあう制度がありました。ここで使われた言葉が「確約(合格をほぼ約束するもの)」でした。中学校の先生には「自分の受け持ちの生徒が確実に進路を確保できる」メリットがあり、高校側には受験者数の把握と受験生のレベル把握というメリットがあったからです。
しかし、90年代の初めに中学校から偏差値が追放されてから、埼玉では段階を踏んでこの「事前相談」が廃止され現在に至っています。ちなみに現在この相談を行っていないのは首都圏(東京・神奈川・千葉・埼玉)で埼玉県だけです(他都県では調査書の成績でやりとりしています)。
そのため、埼玉県の多くの私立高校では、受験者の動向や学力を把握できなくなってしまうことを避けるために、かつて中学校の先生が行っていた「事前相談」を直接保護者と行う、つまり「個別相談」という制度を採用するようになったのです。
多くは受験生・保護者対象の進学相談会や学校説明会の後に実施されます。10月ごろから始まる学校説明会において(もしくはホームページで)、それぞれの高校の基準や個別相談の参加の仕方(電話やはがきによる予約制をとる学校もあります)に関する具体的な内容の説明があります。そして多くは11月から、この「個別相談」が開始されるのです。
この個別相談は、埼玉の私立高校(慶應志木や早大本庄などの数校を除いて)を受験する場合、受験するすべての高校において事前に行う必要があると考えておくべきです。「うちは県立第一志望で、私立は第二志望だから・・・」といったことは関係なく、それが第一志望であろうが第三志望であろうが、私立を3校受験するのであればそれぞれ相談をしておかないと、結果的に不利になるということです。
だから、2学期の週末のお母さんたちは、東へ西へと忙しく動き回ることになるのです。
○「個別相談会」で何をするの?
この個別相談には、通知表や北辰テストの結果、英検や漢検、部活動での成績(新聞などのコピー)など、自分の学力や成績を証明できるものをすべて持っていきます。その結果、高校側が公表している自己推薦基準と照らし合わせて個々に判定し、「合格の見込み」を教えてくれるのです。しかし、かつてのように「確約です」と合格を保証することは(表向きは)できませんから、「これならほぼ確実ですね」とか「自信を持って受けてください」あるいは「当日0点を取らなければ・・・」といった言い回しを使って、合格の可能性が非常に高いことを示唆してくれます。逆に「ちょっと厳しいですよ」とか「本番次第ですね」といった表現の場合は合格率が低いことを示します。高校側はこの個別相談のデータを元に受験者数とおよその合格者数を計算しますから、そのような状況において逆転合格を果たすためには、本番の入試でよほど良い点を取ることが必要になることは言うまでもありません。
私立高校は受験料収入も大切ですから、入学者確保はもちろん受験者の確保にも頭を悩ませます。そのため、ちょっと基準に足りないような場合だと「合格の可能性は60%程度ですね」とか「これからの頑張り次第で受かると思います」などという思わせぶりな回答をするケースもあります。実はこれがやっかいで、受験生側は「ダメとは言われていないから」ととらえてチャレンジする場合が多いのですが、実際には基準に達していないことのほうが多いため、不合格になってしまう最悪のケースもありますので注意が必要です。
埼玉県の私立高校が最も欲しがっている情報は、受験生の「北辰テストの偏差値」です。かつては中学校の教室で実施され(業者テストと呼ばれていた)、現在では会場テストと形を変えましたが、中3の2学期には県内受験生のほぼ全員が受験する、県内において非常に精度の高いテストであることに間違いはないため、この数値で十分にその生徒の学力は判断できると考えているようです。
ただし中学校では「偏差値は使わない」ということになっているため、入試におけるダブルスタンダードが存在しています。これが埼玉の私立高校入試を複雑にしている原因なのです。
このシステムの是非を問うつもりはありませんが、少なくとも埼玉の保護者の皆様は「勉強するのは子どもだけではない、保護者は入試システムを勉強する」覚悟を決めて、お子様と受験に臨む必要がありそうです。
(秋田洋和)
~秋田洋和~
清和大学法学研究所客員研究員。
私立中学や学習塾への教育コンサルタントとしても活躍。