文芸広場
俳句・詩・小説・エッセイ等あなたの想いや作品をお寄せください。
モカのコーヒーをすするといつの間にかアラビアの広大な砂漠がぼくの眼前に広がってぼくはアラビアのロレンスになる。
ラクダにまたがり砂塵を舞い上げ駆け抜けていくあの男。あの勇姿が。
そしてモカの香りと一緒になってぼくは幻の中に酔っている。
このとてつもなく古めいた茶房。
昔の歌ばかりがなまめかしく流れてくる。
「いつかあなたと行った時の小さな赤いイス二つ。モカの香りが滲んでた~」
とてつもなく生きていることが懐かしく、うら悲しくなってくるのは何だろう。
ぼくの幻想は広がって地球儀を大きくまわしている。
目の前にいつか行った鳥取の砂丘が鮮やかに伸びてきた。
鉛のように垂れ下がった北陸の空。
凍てついてしまうような太古からの海鳴りのひびき。
「何の因果で貝殻取りなった~」
漁師達の歌声がかすかに聞こえてくる。
生きるって因果だとぼくは北国の海とははるかに遠い地でアラビアのモカをすすっている。
そうだ「月の砂漠」は鳥取の砂丘だ。きっと。
とりとめのない想いと幻想の中でモカの香りが揺らいでいる。
「みんな幻だよ」地の底からロレンスがつぶやいている。
昼下がりのこの古ぼけた茶房の椅子に寄りかかりながら今日もぼくはまどろみながら生きている。
つくば林太郎