トップページ ≫ 外交評論家 加瀬英明 論集 ≫ ジョンの『イマジン』と神道の心
外交評論家 加瀬英明 論集
私は、ジョン・レノンが従姉の小野洋子―オノ・ヨーコ―の夫だったから、親しくなった。小野は、私の母の旧姓である。
 私がヨーコの一族のなかで、ジョンがはじめて会った者だったから、出会った時からすぐに打ち解けた。
 ジョンとニューヨークや東京で会って、ジョンとポール・マッカートニーと二人で、ハドソン川―ニューヨークのマンハッタンの東岸を洗う―の上空でUFOを見たとか、銀の棒を三本組み立てて、ピラミッドに見立てて、その下に、野菜や、肉や、タバコを置くと、「ピラミッド・パワー」によって味がよくなるといった、他愛のないことをよく話題にしたが、宗教や、芸術についても話した。
 ジョンは、限りなく優しい人だった。私はこれほどまでに優しい心をもった人と、親しくしたことがない。
 ジョンは、日本の心のよき理解者となった。ジョンは天才的な抒情詩人だったが、世界中の人への深い思いやりと、人類の平和を強く願う純粋な心をもっていたからだったろう。
 ジョンは1971年に、有名な『イマジン』という歌を発表した。
  天国なんてありゃしないと、想像してごらん。
  地獄もありゃしない
 から、始まっている。
 二番は、
 そして、宗教もない。
 そうしたら、みんな平和に生きられるってさ
 というものだ。
 ジョンが作詞、作曲した。ジョンとヨーコが二人で、プロデュースしている。
 『イマジン』は世界の若者のあいだで、大ヒットした。ところが、アメリカや、ヨーロッパのキリスト教保守派層から、神を否定して、冒瀆する歌だとして、強く反撥された。日本人は宗教に対しておおらかで寛容だが、キリスト教徒のなかには、病的としか思えない、癇性な人が珍しくない。
 私は『イマジン』は、神道の世界を歌っているにちがいないと、思った。そして、そうジョンにいった。
 私はジョンに、神道には、空のどこか高いところに天国があって、大地の深い底のほうに地獄があるという、突飛な発想がないし、私たちにとっては、山や、森や、川や、海という現世のすべてが天国であって、人もその一部だから、自然は崇めるものであって、自然を汚したり壊してはならないのだと、説明した。
 神道では人が死んだ後に、魂が地上に留まると考えられ、天国も、地獄も、死後の賞罰もない。神世は目に見えないどこか彼方に、漠然と存在している。
 ジョンとヨーコは靖国神社、さらに足を延ばして、伊勢神宮を参拝している。ヨーコがジョンを説いて、連れていったのだった。
 ヨーコは明治の女のやさしい気性と、凛とした男勝りの気質を、受け継いでいる。
 私が日本文化について講演をした時に、ジョンとヨーコが靖国神社を参拝したと述べたところ、のちに聴講者から電話があった。「ほんとうですか?」とたずねられたので、「二人が社頭で撮った写真があります」と、答えた。このころのジョンは、まだ長髪だった。
 いまから35、6年前のことになるが、私はジョンを新橋の烏森の路地の奥にあった、小さなバーへ連れていったことがある。
 その「ルーブル」という店は、古いビルの狭い階段をあがったところにあった。
 カウンターの前に、15、6人が座ることができる、止り木のような席が並んでいて、なかにギターを弾く若い男性と、新劇の研究生の娘が、三人か四人入って、客の注文に合わせて、つぎつぎと歌ってくれた。
 ジョンとカウンターの端に座って、しばらく歌を聴いた。ジョンはしばらく前に長髪を刈って、短い髪をしていた。
 15分ほどすると、ギターの若者が自分のすぐ目の前に、ジョン・レノンが座っていることに、気づいた。
 そして、ギターを弾く手を止めると、手放しで、大声をあげて泣きはじめた。あの世代にとって、ジョンは神だったのだ。
 その若者が、「記念にビートルズの曲を、一つだけ弾かしてください」といった。そして、『イマジン』を弾いて、最後まで歌った。ジョンが、口ずさんだ。
 ジョンは、優れた詩人だった。素晴らしい詩才があった。
 私は「アンド・ノー・レリジョン・ツゥ……」(そして、宗教もない……)という歌詞に、わが意を得たと、思った。
 この店は、しばらく後に銀座の新しいビルに移転した。私はもう一度寄ろうと思ってきたが、まだ行っていない。私はあの壊れかけたようなビルの雰囲気が、好きだった。
ジョン・レノンはなぜ神道に惹かれたのか 一章 ジョンが何よりも愛した日本語のことば
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