社会
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11月27日に衆院を通過した特定秘密保護法案は、いよいよ参院での審議に入った。みんなの党、日本維新の会との形ばかりの修正協議を行ったものの、委員会での審議を行わず、強行採決という形で法案を承認するのは異常といってもよい。その背景は日本版NSC(国家安全保障会議)の設立に合わせて米国をはじめとする外国から提供された情報を国内に漏えいするのを防ぐことで、そのためどうしても今国会で法案成立しなければならないのだろう。ふつう国家機密保護というのは自国の情報を外国へ漏えいするのを防ぐためだということを考えると、この法案のそもそものおかしさがわかる。
前回、「特定秘密保護法案は官僚の独走を引き起こす」(http://www.qualitysaitama.com/?p=27550)でも述べたが、この法案の問題は普通の人が知らない間に犯罪者にされてしまうことである。それはこの法案には非常にあいまいな部分が多く、そのあいまいさの判断を行政が担うことになり、解釈の余地を大幅に与えてしまう。これが大変に恐ろしいことなのである。
行政の裁量で罰を与える身近な例は交通違反の取り締まりだ。今年6月、古屋国家公安委員長も「歩行者が出てくる危険性がない道路で、制限速度を20キロオーバーしたことで取り締まりの対象になるのは疑問」と会見で発言しているように、交通事故防止のためでなく、取り締まりのための取り締まりで違反の摘発をしやすいところでの待ち伏せを経験した人も少なくはない。交通違反の罰金であれば、運が悪かった、で済ませられるであろうが、それが逮捕、拘留で会社をクビになる羽目になったら、運が悪かった、で済ませられるであろうか。
「治安維持法」という法律をご存じだろうか。1917年におこったロシア革命の影響による共産主義思想の国内での浸透に対して作られた法律である。ところが、これが先の戦争が始まると、取り締まり範囲が拡大されて、「結社の目的遂行の為にする行為」という簡単に言うと準備行為までが取り締まり対象にされた。その結果、当時の特高(特別高等警察)や憲兵といった官憲により「準備行為」を行ったと判断されれば検挙されるため、事実上誰でも犯罪者にできるようになった。また同時期「戦時刑事特別法」という戦時体制での臨時の刑罰が強化され、「国政変乱を目的とした演説や宣伝行為など」というあいまいな要件が刑罰の対象になった。たとえば配給に対する文句をもらしただけでも容疑者にすることが可能なわけだ。その結果、法の本質的な目的からはなれて、戦時体制への不満を持つものや自由主義者などが多数逮捕されることになった。実は治安維持法の下では逮捕者のうち10%しか起訴されなかった。現在の起訴率がだいたい6割程度であることを考慮すると、いかにこの法律の下多くの無実の人間が逮捕されたかということだ。不起訴だったといっても逮捕されたというだけで一般の人は社会的打撃を受ける。作家の小林多喜二のように裁判を受けることなく拷問死にいたる例もあった。また、戦後首相になった吉田茂も治安維持法ではないが、終戦和平工作に関わっていたがゆえ陸軍刑法第99条(造言飛語罪)で逮捕された経験を持つ。
今回の特定秘密保護法案でも同じようなことが十分起こり得る。公務員でない一般の人でも「そそのかし」で逮捕される可能性だ。たとえば、原発事故対策のため非常用発電機や原子炉建屋の情報を知ろうと、役所に尋ねたことが「漏えいを教唆」したということで逮捕されることも十分考えられる。また、憲法で保障されている国政調査権はなしくずしになる可能性もある。もし外務省の機密費流用事件のようなことが起こり、それがこの法案により特定秘密に指定されたら、国会質問で流用内容について質問しても特定秘密にあたるということで、本当の意味での外交上の機密で明らかにされないのか、私的流用を隠匿するためなのかわからずじまいである。
憲法とは国家の暴走を抑えるためのものであり、日本国憲法における国民主権とは国民の選挙で選ばれた立法府(国会)がきちんと行政と司法をコントロールする仕組みをいう。その意味でこの法案を成立させることは立法府(国会)の自殺に他ならないと考える。
(林 智守)