社会
特に埼玉県、さいたま市の政治、経済などはじめ社会全般の出来事を迅速かつ分かりやすく提供。
築地市場の豊洲移転と東京五輪のボート・カヌー会場の見直しはまだ決着がつかず、当分ごたごたが続きそうだ。豊洲については市場建物下に土壌汚染対策の盛り土がなかった問題で責任者の名前が出てきているが、まだ釈然としない部分が多い。移転計画を推進した石原慎太郎元知事は、盛り土問題の質問状に対してほとんどノー回答だったからだ。重大な計画変更を都庁の役人が知事を無視して断行するとは考えにくく、元知事に疑いの目が向けられるのは当然だ。
五輪会場についても、工事費が高騰して悪評の海の森水上競技場は、11年前に2016年五輪の東京招致を表明した彼による一大プロジェクトだ。16年招致はならなかったが、計画は20年招致でも引き継がれた。石原都政は1999年から2012年(任期途中で辞任)まで続いたが、小池百合子知事が誕生して以来、当時の闇の部分が浮かび上がってきた感じだ。
作家として華々しくデビューし、その後、政界入りし、常に人々の注目を集めてきた彼の人物像については、佐野眞一の労作『誰も書けなかった石原慎太郎』(講談社文庫)が詳しく描いている。月刊『現代』(現在は休刊)2002年9月号から翌年6月号に連載されて単行本化され、その後、2009年1月号に掲載された分を追加して文庫本になったものだ。
佐野は4年前に『週刊朝日』に発表した大阪市長(当時)橋下徹に関する評伝で、橋下の出自に関する表現が問題になり、連載中止に追い込まれたが、数々のノンフィクション作品は高い評価を得ている。この慎太郎論も全国各地に足を運び、数多くの人々に会って取材している。私は月刊誌連載時に読んだが、最初に石原の父親がらみの記述が延々と続くのに辟易してしまい、肝心の部分は読んでいなかった。今度、全編を読んでみると、現在の問題とつながっている話が多くて興味深かった。
石原はお金持ちの家のお坊ちゃんだったと言われているが、そうとは思えないような言葉遣いをするのが気になっていた。日露戦争と第1次世界大戦で急成長した山下汽船に入った父親は、豪放な人柄もあって、最後は子会社の重役にまでなった。しかし、エリートというわけではない。小学校卒(旧制中学中退)で最初は丁稚のような待遇だった。船の荒くれ男たちの中で頭角をあらわしたわけだ。富裕階級に属していたのだろうが、品性や教養という面で高いレベルにあったかは疑問だ。
山下汽船はその後、他社と合併を繰り返し、今は商船三井に吸収されている。急成長したとはいえ後発で、業界最大手の日本郵船とは比較にならない。石原は日本郵船に対して複雑な気持ちを抱いているようで、同社関係者に些細なことで当たり散らしたエピソードを佐野は取り上げている。このようなコンプレックスは「東大はダメで一橋(彼の出身大学)がいい」と再三言ってきたことにも通じている。また、国民的スターになった弟・裕次郎に対するコンプレックスを示す事例も紹介されている。
石原は学生時代に書いた小説『太陽の季節』で芥川賞を受賞したが、既成の倫理観に挑戦するような内容に賛否両論が渦巻き、一大センセーションを起こした。弟・裕次郎の慶応高校時代の不良仲間の話がもとになっていて、佐野は仲間当人にも取材している。芥川賞受賞後に書いた『狂った果実』はその人の家で書いたもので、執筆中に何度も石原から質問を受けたという。私はずっと後になって『太陽の季節』と『処刑の部屋』を読んだが、衝撃性よりも後味の悪さが残ったので、それ以上は読む気になれなかった。登場する学生たちの女性への仕打ちが不快感を催すのだ。この当時、石原は政治家になっていたが、彼を支持する女性たちは作品を読んでいないのだろうと思った。
佐野は石原本人にも一対一で取材している。その時は、答えにくい質問にも真っ正直に答えようとする態度に好感を持ったという。しかし、取材を続けるにつれて疑問はふくらんでいったと述懐する。たしかに佐野が集めた数々のエピソードには、いつになっても餓鬼大将のような我がままと傲慢があふれている。
特に政治に進出してからの石原には厳しい目を向ける。その一つが取り巻き連中についてだ。衆議院議員時代には公設秘書、都知事になってからは副知事に起用した浜渦武生は何度も暴力事件を起こした。最後は都議会での偽証答弁により更迭されたが、週に2回程度しか都庁に来ない知事に代わって都政を牛耳っていたのだ。
また、一橋大学の後輩で勤務先の鹿島建設を休職して公設秘書になった栗原俊記は、1982年11月、衆議院出馬準備中の対立候補、新井将敬のポスターにその出自を誹謗する黒いシールを貼りまくった。こんなこともあって大蔵官僚出身の新井は落選した。15年間も秘書の仕事で会社を離れていたのに、復職した栗原は今、専務執行役員という地位にある。石原との縁が営業実績に関係あるのではと勘繰られてもしかたない。鹿島建設は豊洲の青果棟工事を受注している。
そして、『週刊文春』11月17日号は、鹿島建設の系列企業が東京五輪の海の森水上競技場に面する海の森公園の整備工事を受注し続けていると報じている。さらにその会社が2014年7月、逗子にある石原の別荘を3億円で買い取ったという。年間売上高が30億に満たないこの会社にとってはずいぶん大きな買い物である。
知事2期目の際の公約により、東京都が1000億円出資して設立した新銀行東京が事実上破綻しただけでも大失点なのに、次々に出てくる疑惑にはあきれるばかりだ。この人を4度も知事に選んだ都民にツケは回ってくる。(文中敬称略)
山田 洋